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東京地方裁判所 平成8年(ワ)19503号 判決 1999年3月15日

東京都新宿区<以下省略>

原告

X1

右訴訟代理人弁議士

釜井英法

X2

東京都中央区<以下省略>

被告

株式会社コーワフューチャーズ

右代表者代表取締役

東京都葛飾区<以下省略>

被告

Y1

埼玉県浦和市<以下省略>

被告

Y2

埼玉県川口市<以下省略>

被告

Y3

埼玉県所沢市<以下省略>

被告

Y4

右被告ら訴訟代理人弁護士

肥沼太郎

三崎恒夫

主文

一  被告Y4及び被告株式会社コーワフューチャーズは、原告に対し、連帯して金一〇〇九万五〇四四円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告Y4及び被告株式会社コーワフューチャーズに生じた費用を被告Y4及び被告株式会社コーワフューチャーズの負担とし、原告に生じたその余の費用と被告Y1、被告Y2、被告Y3に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金二五二〇万円及びこれに対する平成七年六月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、商品先物取引の取次を業とする被告に先物取引を委託していた原告が、被告会社の従業員である被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4が断定的判断の提供、違法な一任売買、過当取引等の不法行為を行ったとして、被告らに対し、損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の支払を求めている事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和三二年○月○日生まれのスナック経営者である。

被告株式会社コーワフューチャーズ(以下「被告会社」という)は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等の商品取引員であり、商品取引所法に基づくゴムその他の商品についての商品取引所の商品市場における売買並びに取引の受託等の業務を行っている会社である。被告Y1、被告Y2、被告Y3、被告Y4は被告会社の社員であった。

2  原告は、平成六年一〇月一九日ころ、被告会社との間で、原告の計算において商品取引所の商品市場に上場されている商品の取引を被告会社に委託して行う旨の契約を締結した。

原告は、右契約に基づいて、同月二五日から、被告会社に委託して東京穀物商品取引所における米国産大豆、東京工業品取引所における金及び白金の各取引を行い、同年三月二日に取引をすべて終了した。

3  原告は、平成七年一月二〇日ころ、被告会社との間で、B名義で原告の計算において商品市場における取引を被告会社に委託して行う旨の契約を締結した。

原告は、右契約に基づいて、右同日から同年六月一五日までの間、被告会社に委託して東京工業品取引所における金、白金及びゴムの各取引を行い、同年六月一五日に取引を終了した。

4  原告が自己名義及びB名義で被告に委託して行った取引は、別表1及び同表2のとおりであり、本件取引の差損益等は次のとおりである。

(一) 原告名義

(1) 銘柄 米国産大豆

取引期間 平成六年一〇月二五日から平成七年一月一〇日

差損益 四六万三三六六円の益

(2) 銘柄金

取引期間 平成七年一月一〇日から同年三月二日

差損益 三五万四七二六円の損

(3) 銘柄 白金

取引期間 平成七年二月七日から同年三月二日

差損益 七七万〇三三四円の損

(二) B名義

(1) 銘柄 金

取引期間 平成七年一月二〇日から同年三月三日

差損益 五六六万八三一九円の損

(2) 銘柄 白金

取引期間 平成七年一月二三日から同年三月三日

差損益 三〇九万六一八七円の損

(3) 銘柄 ゴム

取引期間 平成七年二月二三日から同年六月一五日

差損益 一〇四七万一五一三円の損

5  原告名義の取引はその清算を完了した。また、B名義で行った取引については、委託証拠金一二三万八一〇八円を帳尻差損金一二三万五八二一円に充当し、委託証拠金残金は二二八七円である。

二  争点

1  被告らの不法行為の成否

2  過失相殺の割合

3  損害額

三  原告の主張

1  被告らの不法行為

(一) 勧誘における違法性

被告Y1及び同Y2は、平成六年一〇月中旬頃、原告経営のスナックを訪問し、商品先物取引を行う意思がなかった原告に対し、「私たちを信じてお金を預けてくれれば絶対大丈夫」「絶対損はさせません」などと述べて、商品先物取引の本質である投機的要素とその危険性を隠蔽し、利益が生じることが確実であるかのような虚言を繰り返して断定的判断の提供をし、原告をして、ここまで言うのだから確実であると誤信させ、商品先物取引を被告会社に委託することを決意させた。

被告Y1及び同Y2は、商品先物取引の売買の最小取引単位は一枚であるのに一〇枚単位でしか買えないと述べて、一〇枚が取引所の定めた売買単位であるかのような虚偽の説明をし、二一〇枚買えば大きく儲けられると米国産大豆の取引を勧誘し、原告は、これを信じて言うがままに米国産大豆二一〇枚買玉の注文を出した。

(二) 取引過程における違法性

取引開始後、被告Y3は、「絶対今は金ですよ」「大丈夫です、絶対損はさせませんから」などと断定的判断を提供するとともに、原告に対し、「僕にまかせてくだされば大丈夫ですから、僕が必ずやりますから」などと言って、積極的に一任売買をすすめ、原告の知人のB名義の口座を開設させた。

そして、原告に損失が生じると、被告Y4が原告の担当者となって、損失を確実に取り戻せるかのように強調し、原告の無知に乗じて有害無益な両建の勧誘をし、手数料稼ぎの無意味な反復売買が行われた。本件取引において、全取引回数(委託者別先物取引勘定元帳の行数、概して玉を建てて落として一回)一六二回中一〇〇回の取引が特定売買(売又は買直し、途転、日計り、手数料不抜け、両建)にあたり、特定売買率は六一・七三パーセントであり、B名義の取引では六三・六九パーセントの高率である。また、損金一九八九万七七一三円に対し手数料額が一二四九万八二六〇円と六二・八一パーセントの高率を示し、このことは本件取引における特定売買が被告会社の手数料稼ぎを目的とするものであることを示すものである。

(三) 以上によれば、被告らの行為は、社会通念上、投機取引である商品先物取引を行う外務員の行為として重大な違法行為であるのみならず、その手口は初めから客に損をさせる意図がありながらそれを秘し、先物取引をする積極的な意思も能力もない原告を強引に取引に引き入れ、投資金の大部分を失う恐怖心を巧みに助長利用して客から委託証拠金を取得したというものであって、本件取引は被告会社、被告Y1、同Y2、同Y3及び同Y4らが共謀の上で被告会社の客殺し商法の一環として行われたものであるから、被告らは、原告に対し、民法七〇九条、七一九条の不法行為責任(被告会社については、択一的に民法七一五条の使用者責任も主張する)を負う。

2  損害

原告は、被告らの不法行為によって、次のとおり合計二五二〇万円の損害を被った。

(一) 委託金名下の交付金 一九九〇万円

(二) 慰謝料 三〇〇万円

(三) 弁護士費用 二三〇万円

三  被告らの主張

1  不法行為について

(一) 被告Y1は、平成六年一〇月中旬頃、同人の顧客であつたCに原告の紹介を受け、被告Y1は上司である被告Y2を伴って同月一九日午後五時頃、原告経営のスナックを訪問して原告と面談した。被告Y2は、原告に対し、持参した米国産大豆相場の値段のグラフ(罫線)、日経新聞、会社案内、受託契約準則(乙一)、商品先物取引委託のガイド(乙二、三)を示しながら商品先物取引の仕組、米国産大豆の相場の状況、売買取引の単位、取引に必要な委託証拠金の種類・金額、委託手数料、売買による損益の計算方法などについて説明し、原告は、先物取引の危険性を十分に認識した上で被告と本件委託契約を締結した。

(二) 本件取引において、被告会社従業員は、電話又は面談により、その都度原告の注文内容及び取引に必要な委託証拠金額等を原告との間で確認して受注し、成立した売買については担当者から電話で報告するとともに、被告会社から原告に対し、「委託売付・買付報告書及び計算書」を送付して原告に確認を求めながら取引を継続した。さらに、本件取引期間中、被告会社は、原告に対し、毎月一回定期的に「残高照合通知書」を送付して未決済建玉の内訳、値洗差金額、委託証拠金必要額、預かり証拠金額及び返還可能額等につき照合(指示)を求めている。

原告は、特定売買が多いことを理由に違法な取引であると主張するかのようであるが、特定売買とされている売買形態は通常の取引において稀にしか行われない特殊な取引形態ではなく、いずれも商品先物取引において日常的に行われている相場仕法である。また、小さい利益を狙って少しでも手数料を超えた利益が出たときに仕切っていくことは、確固たる相場仕法であり、短期間に頻繁な売買が行われたというのみでは取引が違法であるということにはならない。

(三) したがって、被告が原告から委託を受けて行った本件取引に違法なところはない。

2  損害について

損害額は争う。

第三当裁判所の判断

一  前記前提事実、証拠(甲第一の一及び二、第二の一ないし七、第三の一ないし三、第七ないし第一〇、乙第三ないし第九、第一〇の一ないし八、第一一の一及び二、第一二の一ないし七、第一三の一ないし七三、第一四及び第一五の各一ないし五、第一八ないし第二〇、第二一の一ないし四、原告本人、被告Y1本人、被告Y2本人、被告Y3本人、被告Y4本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、昭和五一年に工業高校を卒業後、昭和五三年までレコード店に勤務し、昭和五三年から昭和五九年までバーテンダー、配送、内装業等のアルバイトをし、昭和五九年から平成七年までホテルのウエイターとして勤務していた。原告は、平成五年四月から、新橋にスナックを開業し、昼は右ホテルに勤め、夜はスナックを営業して現在に至っている。

原告のスナックでの年商は一〇〇〇万円であり、不動産資産等はなく、本件に至るまで株式投資を含め一度も投資経験はなかつた。

2  被告会社は、東京穀物商品取引所、東京工業品取引所等の商品取引員であり、商品取引所法に基づく商品取引市場における売買並びに取引の受託等の業務を行っている会社である。平成六年当時、被告Y1は、営業担当で顧客勧誘を担当し、被告Y2は本社係長、被告Y3は本社営業課長、被告Y4は本社営業副部長であった。

3  勧誘担当の被告Y1は、平成六年一〇月中旬頃、被告の顧客であるCに原告の紹介を受け、原告に電話をかけて、スナック開店前に会う約束をして、同月一九日午後五時頃、上司である被告Y2を伴って原告経営のスナックを訪問して原告と面談した。原告に対する説明は被告Y2が行い、被告Y2は、原告が商品先物取引の経験がないことをわきまえて、原告に対し、甲第一の一のメモを書いて、二万六〇〇〇円で二〇枚購入して二万八〇〇〇円で売却した例を示して取引単位、損益計算の仕方を説明し、甲第一の二を書いて、新聞の商品先物取引欄の見方、取引の期限(限月)、立会時間等を説明した。また、過去五年間の米国産大豆の値動きを表したグラフ(甲第二の一ないし六)を示して、米国産大豆は毎年値上がりをしていて一〇月に買って四月に売れば利益が出ると過去の数値に基づいての説明を行い、米国産大豆の先物取引を勧誘した。原告は、右説明を受けて米国産大豆の先物取引に関心を示し、被告会社に取引を委託することにした。そこで、被告Y2は、原告に対し、委託ガイドと約諾書、受託契約準則を交付して、これに基づいて説明を行い、原告は約諾書に署名捺印をして被告Y2に交付した。その際、被告Y2は、売買単位一枚、ご投資金一枚七万円、倍率三〇倍、手数料抜け幅二四〇円と記載された「東京米国産大豆取引のしくみ」と題する書面(甲第二の七)を原告に交付した。

4  原告は、平成六年一〇月二四日頃、米国産大豆取引の購入資金(委託証拠金)として用意した一四〇万円を被告Y2に交付し、同月二五日米国産大豆買玉二〇枚を建てた。原告は、同年一一月上旬、被告Y1から担当者が被告Y3に交代したことを知らされ、被告Y3からも電話で原告の担当になったとの連絡を受けた。その後、原告は、被告Y3から米国産大豆が値上りをしていて利益が出ているとの報告を受けたが、勧誘時の被告Y2の説明から米国産大豆は同年四月まで処分されないと考えていた。ところが、被告Y3は、平成七年一月一〇日、原告の指示を受けないで米国産大豆を仕切って四六万三三六六円の利益を出して金買玉一〇枚を新規に建てた。

被告Y3は、取引後に残高照会回答書(乙第二一の一ないし四)を持参して原告に報告し、原告は、利益が出ていたのでこれを了解して、右残高照会回答書中の「記載内容の相違について」の「相違ない」の記載に丸印を付けて署名の上で被告Y3に交付した。

5  右の一方で、原告は、平成七年一月頃、被告Y3から金が上昇するので客を紹介してほしいと言われ、被告Y3に対して「自分でもいいのか」と述べて、金取引を始めることになった。その際、原告は、被告Y3から新規顧客として契約してほしいと言われて、勤務するホテルの後輩にあたるB名義で口座を開設した。原告は、金一〇〇枚の購入資金として七五〇万円を実妹から借り入れ、同月一九日、B名義の約諾書を被告会社に差し入れて、同月二〇日、七五〇万円を被告会社に預託した。被告Y3は、金一〇〇枚購入のための委託証拠金を受領しながら、金買玉六〇枚しか建てず、同月二三日には原告名義での金買玉一〇枚を仕切って一三万二六三二円の利益を出して、B名義で白金買玉五〇枚を新規に建てた。

原告は、被告Y3から事後に報告を受けて、右取引内容を初めて知ったが、これも利益が出ていたので、特に異議を述べずに右各取引を了解した。

6  原告は、平成七年二月に入り、金が値下がりしたことを被告Y3から報告を受け、二月中旬頃、突然被告Y4の訪問を受け、同人から金が値下がりし、これ以上下がると追証が必要になると告げられた。原告は、被告Y4から追証についてのおおよその説明を受け、何もしないでいると七五〇万円の半分を失う、七五〇万円を用意してヘッジ(両建)をかければ、今後、金の値段が上がろうが、下がろうが損はしないとの説明を受けた。原告は、その意味は十分に理解できなかったが、先物取引の経験がないので被告Y4に委せるしかないと考えて、友人から借り入れて七五〇万円を用意し、同月一六日に被告Y4に手渡した。その際、被告Y4は、安定したときに両建をはずすと述べていた。

7  被告Y4は、平成七年二月一四日、B名義の取引について金売玉六〇枚、白金売玉五〇枚を建てて両建の状態にした。

ところが、被告Y4は、同月二三日、原告の指示がないのに金六〇枚及び白金五〇枚を仕切って両建をはずしてゴムの取引を開始し、同日ゴム売玉一〇〇枚新規、同月二四日ゴム買玉三〇枚新規、同月二八日ゴム売玉三〇枚仕切、同年三月一日ゴム買玉五〇枚新規、同月二日ゴム買玉二〇枚新規、同月三日ゴム買玉三〇枚新規の各取引を行うとともに、同月二日と三日に原告の指示がないのに原告名義及びB名義の金及び白金全部を仕切った。被告Y4は、原告に対し、右各取引について事前はもとより、事後にも報告しなかった。

8  原告は、同年三月三日頃、スナックに慌てた様子で来店した被告Y4から「ゴムが急騰し、ストツプ高が二回かかった。ゴムの売玉に追証がかかったので、すぐに五〇〇万円用意してほしい」と言われて、被告Y4が金の両建を勝手にはずして、原告に無断でゴム取引をしていたことを初めて知った。原告は、被告Y4に対し、七五〇万円は友人からの借金なのでどうしてくれるのかと抗議したが、被告Y4から五〇〇万円を用意できれば立て直すことができる、用意できなければこれまで投資していた分は戻ってこないと言われ、困惑するとともに、妹や友人から借り入れた投資金が戻ってこないことをおそれ、また、商品先物取引の経験に乏しいために右事態に対処する術もわからなかったので、被告Y4に任せるしかないという気持ちになって、やむなく金策につとめた。

その後、原告は、被告Y4からお金の準備ができたかと頻繁に催促の電話を受けたが、取引内容についての報告はなかった。

9  原告は、友人から借り入れて、平成七年三月一五日に二〇〇万円、同月三一日に一〇〇万円、五月二二日に五〇万円を友人から借り入れて被告Y4に渡した。原告がこれ以上の金策は無理であると被告Y4に説明すると、被告Y4は売っていくしかないと述べて、以後、被告Y4からの金銭の要求はなくなった。その後も、被告Y4は、ゴムの取引を継続し、平成七年六月にB名義の取引について手仕舞を行った。

手仕舞までの間の取引内容について、原告は、被告Y4からまったく説明及び報告を受けなかった。

10  手仕舞の時点で、原告は、本件取引により一九八九万七七二二円の損失を被り、その内手数料の額は一二四九万八二六〇円である。

本件取引の内容は、別表1及び2のとおりであり、そのうち被告Y4が行った委託取引は、平成七年二月一四日の金の両建を除いて、そのすべてが原告が認識していなかった取引である。また、本件取引においては、別表記載のとおり、売又は買直し(既存建玉を仕切ると共に同日内で新規売直し又は買直しを行つているもの、異限月を含む)はB名義のゴムの取引で四一回、途転(既存建玉を仕切るととともに同日内で新規に反対の建玉を行つているもの、異限月を含む)はB名義のゴム取引において一四回、日計り(新規に建玉し、同日内に手仕舞いを行つているもの)はB名義のゴム取引で一七回、両建(既存建玉に対応させて、反対建玉を行つているもの)はB名義のゴム取引において一四回、B名義の白金及び金取引において三回の合計二〇回行われた。

原告は、同月一四日の金及び白金の両建の際に説明を受けて両建の意味はおおよそ理解していたが、効果や仕切りのタイミングの困難性についてまで十分な説明を受けていなかった。また、原告は、売又は買直し、日計り、途転についてはまったく説明を受けず、その経済的効果、意味についての知識がなかった。

11  被告会社は、原告に対し、取引の都度、「委託売付・買付報告書及び計算書」、毎月一回定期的に「残高照合書」を送付した。原告は、送付された各書類のうち、当初の米国産大豆の取引に関するものについては開封して見たが、その後は、被告Y3が持参した残高照合通知書を除いて、開封せずに見なかった。

二  右認定に対し、被告Y3本人は、B名義の仮名口座は被告Y1の成績を上げるために協力したいとの理由で原告の方から申し出て開設されたものであると供述するが、被告Y1の成績を上げるとの理由であれば、原告には仮名口座を依頼する理由に乏しく、むしろ勧誘する側にこそ理由があること、原告本人がB名義の仮名口座について、被告社員から新規顧客として仮名口座の開設を要請されたと供述していることに照らせば、被告Y3本人の右供述は信用することができない。

また、被告Y4本人は、ゴム取引について事前に原告に説明し、取引の都度、電話で事前ときには事後に原告の了解をとっていたかのような供述をするが、被告Y4は、商品取引の経験に乏しい原告の取引としては、別表2の(3)のとおり、異常ともいえる取引頻度でゴム取引を行っているのであって、昼間勤務していたホテルが電話の取次を行わない職場である(原告本人)ことをも考慮すると、取引の都度、被告Y3が事前あるいは事後に原告の了解をとっていたとは考えがたい。加えて、原告は、ゴム取引を開始するについてまったく説明を受けていないし、その後の取引についても被告Y4から事前はもとより事後にも知らされていなかった旨供述していること、一方、被告Y4は、原告から注文を受けたときの状況について、曖昧な供述、前後矛盾する供述をし、前記供述も被告代理人からの誘導によりようやく供述するに至ったものであるうえ、原告代理人から日計りにあたる取引等について、具体的にどのような説明をして原告の納得を得たのか質問されても説明できなかったことに照らせば、被告Y4本人の前記供述は信用することができない。

三  争点1(被告らの不法行為の成否)について

1  被告Y1及び同Y2の勧誘行為について

原告は、被告Y1及び同Y2は、「私たちを信じてお金を預けてくれれば絶対大丈夫」「絶対損はさせません」などとと述べて、利益が確実であるかのような虚言を繰り返し、断定的判断の提供をしたと主張する。

しかし、前記認定した事実によれば、被告Y2は、米国産大豆を一〇月に買って四月に売れば利益が出ると述べて、短期間で大きな利益が得られると誤解を招きかねない言動があったことが窺われなくはないが、被告Y2の説明は、過去五年間の米国産大豆の値動きを表したグラフ(甲第二の一ないし六)を示してのものであり、過去の客観的な数値による根拠に基づいてのものであること、被告Y2は、原告が商品先物取引の経験がないことを認識し、図示しながら、わかりやすく取引単位、損益計算の仕方、新聞の商品先物取引欄の見方、限月、立会時間等を説明していること、被告Y2は、委託ガイドと約諾書、受託契約準則を交付して、これに基づいて一応の説明を行っていることに照らせば、被告Y1及び同Y2の勧誘は、社会的許容された範囲内の勧誘行為と評価とされ、原告の自由な判断を妨げるような断定的判断を提供して勧誘を行ったとまでは認められない。

また、原告は、被告Y1らが商品先物取引の売買の最小取引単位は一枚であるのに一〇枚単位でしか買えないと述べて、一〇枚が取引所の定めた売買単位であるかのような虚偽の説明をしたと主張するが、被告Y2が勧誘の際に原告に交付した「東京米国大豆取引のしくみ」と題するメモ書(甲第二号証の七)の記載内容に照らせば、被告Y2が売買単位を一〇枚であるとの虚偽の説明をしたと認めることは困難である。

したがって、被告Y1及び同Y2の勧誘に違法なところはない。

2  被告Y3が行った委託取引について

原告は、被告Y3が金取引にあたって仮名口座を開設したと主張し、被告Y3が原告に仮名口座の開設を依頼したことは前記認定のとおりであるが、仮名口座を禁止する取引所指示事項、受託業務に関する規則は、商品取引所、商品取引員の自主的取決めであり、しかも、本件において、仮名口座開設の動機は被告Y1の成績を上げるためであり、これによって他の規制を免れようとの不正な意図に基づくものではないから、被告Y3が仮名口座を依頼したことをもって直ちに本件取引が違法になるとは認められない。

また、被告Y3は、原告の指示を受けないで①平成七年一月一〇日米国産大豆の仕切り、②同日金買玉一〇枚新規購入、③同月二〇日金一〇〇枚の委託証拠金を預かりながら四〇枚を購入しなかったこと、④同月二三日金一〇枚仕切、⑤同日白金買玉五〇枚新規購入の各取引を行ったことは、前記認定のとおりである。しかしながら、原告は、事後であるにせよ、被告Y3から右各取引について報告を受けてこれを了解し、右各取引を追認しているのであるから、被告Y3が行った右各取引が違法であるとまではいうことができない。

したがって、被告Y3が行った委託取引に違法なところはない。

3  被告Y4が行った委託取引について

被告Y4が行った委託取引は、違法な取引であると認めるのが相当であり、その理由は以下のとおりである。

(一) 両建の勧誘について

両建は、建玉の値洗いが損になってもすぐに仕切らずに、反対の建玉をすることによってその後の相場の変動による損失の増大を帳消しにしておき、適当な時期に一方を反対売買して残った玉により利益を得ようとする目的等で行う取引を意味し、商品先物取引における相場仕法として意味のあるものであるが、他面で、両建は、取引の拡大であって、新たに同額の対立する建玉をすることにほかならず、委託証拠金が新たに必要となるほか、最終的に双方の建玉を仕切った場合の手数料が倍額になり、両建をはずす時期に関して難しい判断を要求されるものである。したがって、その経済的意味、効果、危険性を理解している者が自らの自由な判断で行う限りでは違法なものではないが、他方、これらの取引方法について、その効果や危険性を理解していない者に対し、十分な説明をしないで両建を勧誘することは、その危険性を告げないで、あるいは自由な判断を妨げて取引を勧誘することにほかならないから、違法であると評価されることもありうるというべきである。

これを本件についてみると、原告は、商品先物取引を始めて、まだ日が浅く、商品先物取引を習得しているといえるほどの経験を積んでもいないから、被告Y4としては、このような原告に対しては、両建の意味、効果や仕切り時期の困難性についての説明を行い、また、建玉の全部又は一部を決済するという手段もあることを説明したうえで、原告の自由な選択判断に委ねるべきである。ところが、被告Y4は、取引を拡大する意思がなかった原告に対し、金がさらに値下がりすると追証拠金が必要になり、何もしないでいると七五〇万円の半分を失う、七五〇万円を用意して両建をかければ、金の値段が上がろうが、下がろうが損はしないとのみ説明をして両建による追加投資を勧誘し、原告は、両建に対する十分な理解を欠いたまま、これまでの投資金を失うことをおそれて、右勧誘に応じて両建の注文を出したことは、前記認定のとおりである。

してみると、被告Y4は、原告に対し、両建に対する無理解と損失をおそれる気持ちに巧みにつけ入って、両建による追加投資を勧誘し、原告は両建について十分に理解しないままこれに応じたものと認められ、被告Y4による右のような両建の勧誘は、社会的相当性を逸脱した勧誘として違法であると認めるのが相当である。

(二) 過当取引について

取引所指示事項は「委託者の十分な理解を得ないで、短期間に頻繁な取引を勧めること」を不適正な取引行為として、委託者の十分な理解が得られないまま過度の取引を勧めることを禁止しているところ、本件取引においては被告Y4が担当する以前は、それほどの頻度の取引ではなかったものの、被告Y4が担当した以後急激に取引量を増大させ、別表2の(3)のとおり、先物取引経験の乏しい原告の取引としては、異常ともいえるほど多数回、多量の取引が行われ、その途中においては、被告Y4は、原告に対し、五〇〇万円を用意できれば立て直すことができる、用意できなければこれまで投資していた分は戻ってこないなどと述べて、追加投資を求めて友人等から借金をさせ、最終的に委託証拠金が尽きて手仕舞が行われるまで取引を継続させたものであり、しかも、これら一連の取引は原告からの指示を受けてのものではなく、被告Y4の独断による一任売買の形態で行われたものであり、商品先物取引を始めて日が浅く、経験の乏しい原告に対し、これほどまでに過当な取引をさせた被告Y4の行為はもはや社会的相当性を大きく逸脱し、違法性を帯びるものというべきである。

しかも、本件取引のうちには、売又は買直し、途転、両建、日計りの取引が頻繁に行われていることは、前記認定のとおりである。なるほど、右各取引方法はいずれも商品先物取引における相場仕法であり、商品先物取引を習得し、右各取引手法を理解している者が自らの自由な判断で行う限り、右各取引仕法そのものが直ちに違法であるとはいえないとしても、本件においては、原告は、商品取引を始めてから四か月しか経ておらず、被告Y4から不十分ながらも説明を受けた両建を除けば、売又は買直し、途転、日計りの各取引についてまったく知識を欠き、しかも、これらの各取引は、金と白金の両建を除いて原告の指示で行われたものは皆無であるから、これらの取引をするに至った事情について、それなりの合理的な説明がされない限り、これらの取引は、原告が商品先物取引の経験知識に乏しいのに乗じて、手数料稼ぎのための手段として行ったものとみられてやむをえないものというべきである。

(三) 一任売買について

商品取引所法九四条三項は一任売買を禁止しているところ、本件取引が被告Y4による一任売買の形態をとるものであることは、前記のとおりであるが、一任売買に対する罰則規定はなく、同条項は行政上の取締規定に過ぎないと解されるから、一任売買であるというだけでは不法行為が成立するものではない。

しかしながら、前記認定事実に基づいて考えてみると、原告が被告Y4に取引を委せたのは、被告Y4が無断で開始したゴム取引で多大な損失が生じたという事態に直面して、商品先物取引の知識経験に乏しいために自らの判断で対処することができなかったためであること、被告Y4には原告に対してその都度判断を求めることによって商品先物取引の経験を積み重ねさせて、商品先物取引を原告に習得させようとする配慮はみじんもなく、被告Y4がまったくの独断で取引を行っていること、被告Y4が行った取引は、被告Y4が関与する以前の取引と対比して、急激に増大し、異常ともいえるほどの多数回、多量の取引を継続しているのであり、取引回数、取引量において、先物取引の経験に乏しい原告が容認していたであろう範囲を著しく逸脱するものと考えられることに照らせば、被告Y4が行った取引は一任売買の形態をとるにしても、原告の無理解に乗じて行われたものであって、その実質は無断売買に近く、かつ、委託の趣旨にも著しく反するものであって、社会的相当性を大きく逸脱した違法な一任売買というほかない。

4  以上によれば、被告Y4は、原告に対し、両建に対する原告の無理解と多大な損失をおそれる原告の気持につけ入って、両建について十分な説明を尽くさないで両建による追加投資を勧誘して、原告の取引を拡大させたうえ、原告の指示を受けることなく、また、取引内容をまったく説明することなく、原告が先物取引の知識経験に乏しいのに乗じて、手数料稼ぎのための手段として過当な取引、違法な一任売買を行ったものであり、このような被告Y4が行った平成七年二月一四日の両建勧誘から手仕舞に至るまでの一連の取引行為は、全体として違法であるというべきであるから、被告Y4は、原告に対し、民法七〇九条の不法行為責任に基づき右取引行為により原告が被った損害を賠償する責任がある。

また、被告Y4は、被告会社の従業員であり、被告Y4の行為は被告会社の業務の執行として行われたものであるから、被告会社は、民法七一五条の使用者責任に基づき被告Y4の不法行為により原告に生じた損害を賠償する責任がある。

四  争点2(過失相殺)について

前記認定事実に基づいて考えてみると、原告は、被告Y2から勧誘を受けて、図示されたメモを示されながら、商品先物取引の仕組、新聞の商品先物取引欄の見方等の説明を受け、さらに、委託ガイドと約諾書、受託契約準則に基づいて一応の説明を受け、商品先物取引が投機性のある取引であることを一応理解して、本件取引を開始したものであること、原告は、取引継続中に取引を終了させる機会もあったこと、原告は、商品先物取引に対する十分な知識を欠き、自らの相場感に基づく取引を行うことができなかったために、追証がかかるという事態に直面して、被告Y4に任せるよりほかないと考えたにせよ、その後の被告Y4による一任取引を事実上容認し、これを放置していること、これまで認定した事実その他一切の事情を総合考慮すると、原告の過失割合は四割とするのが相当である。

五  争点3(損害額)について

1  被告Y4が行った平成七年二月一四日以降の原告名義及びB名義での委託取引が全体として違法であることは、前記のとおりである。

そして、被告Y4の不法行為により原告に生じた取引上の損害は次のとおりである。

(一) B名義の取引について

(1) 金取引は別表2の(1)のとおりであるところ、被告Y4が関与した両建前の金買建玉六〇枚の取引は一応適法なものであり、その仕切りに要する手数料・取引所税・消費税(以下「手数料等」という)は、被告Y4の不法行為とは関係なく、建玉をする限りは必要な費用であるから、被告Y4の不法行為と相当因果関係に立つ損害とはいえない。

また、両建時における金買建玉六〇枚の値洗い損の額(両建によって固定された損失の額)も被告Y4の不法行為とは無関係であるから、被告Y4の不法行為による損害とはいえない。

そうすると、被告Y4の行った金取引によって原告に被った損害額は、金取引の差損金合計額から両建によって固定された損失額と金買玉六〇枚の仕切りに要する手数料等の額を控除して求めるのが相当であるところ、白金取引の差損金合計額は五六六万八三一九円、そのうち両建時によって固定された損失額は二一〇万円、金買建玉六〇枚の仕切りに要した手数料等は六四万四一五五円であるから、被告Y4の行った違法な金取引で原告に生じた取引上の損害額は二九二万四一六四円であると認められる。

(2) 白金取引は別表2の(2)のとおりであるところ、被告Y4が最初に関与した両建前の白金買建玉五〇枚の取引は一応適法なものであるから、金取引の場合と同様にして、白金取引によって生じた差損金合計額三〇九万六一八七円から両建により固定された損失額八四万七〇〇〇円及び白金買建玉五〇枚の仕切りに要した手数料等三五万〇八三七円を控除して、被告Y4の不法行為により原告に生じた取引上の損害額を求めると一八九万八三五〇円と認められる。

(3) ゴム取引は別表2の(3)のとおりであり、被告Y4がそのすべての取引を行っているから、ゴム取引によって生じた差損金合計額一〇四七万一五一三円は、その全額が被告Y4の不法行為により原告が被った損害である。

(4) 以上のとおり、(1)、(2)、(3)の合計額は、一五二九万四〇二七円であり、B名義の取引について、委託証拠金残金が二二八七円であることは前記前提事実のとおりであるから、被告Y4の不法行為により原告に生じた取引上の損害額は一五二九万一七四〇円である。

(二) 原告名義の取引について

原告名義での金取引及び白金取引は、別表1のとおりであり、被告Y4が行った平成七年三月二日の金買建玉一〇枚及び白金買建玉二〇枚の仕切りによって差損金が原告に生じていることが認められる。

しかしながら、右差損金は、実際に仕切った売買価格以上の値段で仕切ることが確実にできたなどの特段の事情のない限り、玉の値下がりによる損失が仕切ることによって単に現実化したにすぎないものというべきであるから、右差損金をもって直ちに原告が被った取引上の損害であると認めることはできない。

そして、本件において、右特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

(三) 以上によれば、被告Y4の不法行為により原告が被った取引上の損害額は合計一五二九万一七四〇円である。

2  原告は慰謝料の支払を請求するが、本件取引によって生じた金銭的損害を賠償するだけでは補填できない精神的損害が原告に生じたことを認めるに足りる証拠はないから、原告の慰謝料請求は理由がない。

3  以上のとおり、被告Y4の不法行為と相当因果関係に立つ損害は一五二九万一七四〇円であり、その四割相当額は過失相殺として原告が負担すべきことは前記のとおりであるから、原告は、被告に対し、右金額から四割相当額を控除した九一七万五〇四四円の支払を求めることができる。

また、原告は、本件訴訟追行を原告代理人に委任し、相当額の弁護士費用を負担していることが認められるところ、そのうち本件行為と相当因果関係のある損害は右損害額のほぼ一割に相当する九二万円と認めるのが相当である。

したがって、被告Y4の不法行為により原告が被った損害額合計は一〇〇九万五〇四四円と認めるのが相当である。

六  以上によれば、原告の本件請求は、被告Y4及び被告会社に対し、連帯して金一〇〇九万五〇四四円及びこれに対する不法行為の後の日である平成七年六月一五日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告Y4及び被告会社に対するその余の請求、被告Y1、被告Y2、被告Y3に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

(裁判官 坂本宗一)

<以下省略>

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